恐怖の報酬

フリードキン監督の「恐怖の報酬」がとても良かった。時間を忘れて食い入るように観た。「良い映画」の定義は分からないが、良いと思った映画は大抵エキストラを含めた役者の表情が素晴らしいと思う。フェリーニ「8 1/2」、ロッセリーニ無防備都市」、ペキンパー「戦争のはらわた」、タルコフスキー「ストーカー」そしてフリードキン「恐怖の報酬」...どれも人を驚異的な表情を出す役者が揃っている。エキストラもどこから見つけてきたんだという人が一瞬映ったりするから油断できない。「恐怖の報酬」では主演の4人の表情はもちろん素晴らしく、特に殺し屋のニーロ(フランシスコ・ラバル)が嵐の中トラックでぼろぼろの橋を渡る為に先導し、渡り切った後の疲労と恐怖の表情(それまでクールに演じていたからなおさら)は印象深かった。ここまで顔が変わるのかというぐらい引き攣っていた。町でパイプを吸う老人の皺の複雑さ、カフェの女の影のある表情...一人一人の半生で映画が作れそうな表情を浮かべていた。

 

「恐怖の報酬」は音楽も良かった。耳に残る効果的な音楽の選び方だった。不安をあおるTangerine Dream電子音楽によるテーマとKieth Jarrettのオルガン。仲間を失いつつ、全てを終わらせた主人公の一人ドミンゲス(ロイ・シャイダー)がカフェの女と静かに踊る時に流れるCharlie Parkerの甘いサックス。

ゴダールの「気狂いピエロ」のように音楽を効果的に配置・切断することで生む異化効果も素晴らしいが、ものをきちっとした枠に収めるように場面と音楽を一致させていてる映画は心地が良い。映画作りがどのようにしているのか知らないが、制作陣が音楽のもたらす効果を理解し、ちゃんと聴いて選んでいるのだなと思った。

映像の迫力は言わずもがな、手に汗握る場面がとても多かった。CGを使わず(そもそもCGがない)撮影していたのが信じられないと思った。いつトラックが河や道から落ちるのか、ニトログリセリンが爆発するのか、ハラハラしていた。主役同士がぶつかり合うのかなと思っていたが、苦悶の表情を浮かべながらも淡々とセリフ少なく進行しており意外にも感じたが、あれだけハラハラする場面があって人間のぶつかり合いも多発してたらキャパオーバーで胃もたれするに違いない。主役の4人は色々あって南米のポルベニールに流れ着くのだが、オムニバス形式で4人の生き様を映し出し、どうして国籍も元の職業も違う人物が揃っているのかというのを手短に分かりやすく映していた(個人的な好みだが脈絡のなさそうに見える場面が最終的に一つに収束するのが大好き)

背景の濃い登場人物が多いのに中だるみすることなく上映時間は121分とまとまっており、全体の印象としては、「精巧なバランスで作られた狂った映画」であり最高の作品だった。