近況

 寒い日が続くがまだ仕事中にコートも手袋もマフラーもしていない。防寒はスーツのジャケットとズボン下に穿く股引ぐらいだ。股引は三枚もっていてそれぞれ違うメーカーのものだが三枚ともどこのメーカーか私は知らない。そのうち一枚は仕事終わりに足が非常にかゆくなるから穿かないようにしているのだが、必然的に残りの二枚を酷使することになる。中一日の登板はさすがに堪えたのかお気に入りの一枚の股が大きく裂けているのを発見した。「ごめんよ」と謝りながらそのまま穿いた。一日おいて、また穿くだろう。

 

 仕事が忙しくて一日はあっという間にすぎるのに一週間はとても長く感じ、一か月はとても短く感じる。口座のお金の減りがいつもより早いのに引き出しにある小銭入れはパンパンになっている。一か月ごとに小銭を貯めて、給料日と共に貯金用に小銭を流し込むのだが、ゆうちょのATMの小銭入れはとても口が小さく一回に二・三枚しか入らないので迷惑にならぬようATMが複数ある郵便局に向かう。小銭を入れている途中で時間切れの為にそのまま蓋が閉じてしまうことがよくあり、全てが計算し終わってから、また二・三枚ずつ入れていく。小銭の入れ過ぎで画面がエラーになり、しばらく待ってからまた二・三枚、繰り返して郵便局を出る。

 

 調子が悪い時、とりあえず葛根湯を飲む。効果はよくわからないが葛根湯なら大丈夫かなとふわふわした気持ちで飲む。葛根湯は12包入りで、残りは6包。半分、ふわふわした期待によって減ってしまった。股引もすり減ってお金も減って、葛根湯も減った。

 

 人と極力関わりたくないのに愛情に飢えている矛盾による弊害が腹回りの脂肪と共に増えている。少し気を許してくれる人がいるとすぐその人が生活の中心になってしまうのは病的であることにやっと気が付いた。想像で嫉妬するのは異常だし、相手も迷惑だろう。異常なほうに振れやすい感受性は精神衛生上良くない。異常な感受性のために精神が乱れているのか、精神が乱れて異常な感受性が現れるのかは分からない。毎日襲われる物狂おしい気持ちは罰と思って過ごす。相互フォロワーとの手紙をやり取りで、このような感情は私だけではないと分かり救われた。

 

 胃カメラを初めて飲んだ。胃カメラを飲むのはとても苦しいと聞いたことがあり嫌だったのだが、26にもなって動揺を見せるのも恥ずかしいのでできるだけ平然としていたがベッドに寝かせられて喉を麻痺させる薬を散布させられた時は恐らく引きつっていた。「胃の泡を無くす水です」と言われて、喉を麻痺させる薬のせいででにくい声を絞り出し「胃に泡があるのですね」と言わなくていいことを言って何言ってんだこいつという顔を看護師にされた。少しキツイ顔の看護師だったので不安もあって泣きそうになった。そのまま「眠くなる薬を注射します」と言うので痛みを緩和する為のなんちゃって鎮痛剤かなと思っていたら、がっつり寝てしまい気が付いたら全てが終わった後だった。思い返せば何だかごつごつされていたなとぼんやりしながら点滴が終わるのを待ち、看護師に「どれぐらい寝てたのか」とありきたりな質問をして少し恥ずかしくなった。内臓を見ながら炎症とピロリ菌と言われ、薬をたくさんもらった。診察費がべらぼう高くて目が飛び出た。

 

 母と居酒屋に行った。父親が同窓会でいないのでたまには行こうとなった。近所の焼き鳥屋に入るとカウンターに通された。隣に異常に声が高い男がやたらと店長を呼び出していた。声が高すぎてなんといっているのか全くわからない。母親から就職と友達がいないことを咎められた。うどん屋に行き、うどんを啜る。店員のやる気がまったくなくて良かった。

 

 文芸誌を買った。柴田聡子のエッセイが載ってるとのことで立ち読みで済ます予定だったが、なんだか申し訳なくなり購入。綿矢りさの「勝手にふるえてろ」が映画になるらしく、主演女優との対談があったのだが女優がかわいかったので映画が観たくなった。結構痛い主人公の物語らしいが共感するような気がしている。

映画や小説に「共感」するとはどういうことなのか。共感を求めて読んだり観たりしているのだろうか。中上健次ガルシア・マルケスに私は共感するから読んでいるのだろうか。共感するとどうなるのだろうか。