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日曜日、8時に起床。土曜日の夜中に観た「レオン」のジャン・レノの映画を観る時の表情が素晴らしかった。あんな大人になりたい。少なくとも冷静になりたい。実は今日の夜に必要な書類を紛失したことに気が付いてパニックになっていたのだが、家を出るぎりぎりのところで居酒屋に電話したところ、忘れ物で預かっていると言われ思わず大声で「うわー!」と叫んでしまった。1つ懸念があると全ての行動も思考もその懸念に集中してしまうからいけない。そしてパニックになって周りが見えなくなるのだ。そうなっている時「今自分はパニックになっている」という自覚を強く持つのだが、それだけでは制御できずに困っている。話が逸れるが普通のことを普通にこなしたい。大きな壁にぶつかるまでに細かい石につまずき続けている。

 

書類を居酒屋で受け取る為に少し早めに家を出た。台風ということで雨が強く振っている。録音機材が濡れぬように細心の注意を払いながらゆっくり歩く。私の革靴は底がすり減っているから滑るし、何よりスーツの裾がぐしょぐしょに濡れてしまうのを避けねばならない。

乗り込んだ地下鉄に人は多くなかった。到着した街の地下街も人は多くなかった。丁度良い人口密度で気持ちが良かった。無事に書類を受け取り、サイゼリアでワインとつまみを注文し、スパッゲティを食べた。サイゼリアも人がまばらで静かだった。

時間ぎりぎりまで居座り、教会へ向かう。今日は演奏会の手伝いの日だ。教会の職員にあいさつし、一人で静かな礼拝堂で準備を進めた。ひんやりとした空気と薄暗い礼拝堂は心が落ち着いた。

演奏会は無事に終了した。居酒屋に入りビール瓶を5本ほど飲んだ。寝不足と疲れがあったにも関わらずあまり酔わなかった。腹だけやたら膨れたので気持ちが悪かった。解散後、演奏者の一人ともう一軒居酒屋に入り飲みなおした。焼酎を飲み、程よく酔ったところで帰りの乗り物が無いことが判明し、歩いて帰る。三連休の中日にも関わらず台風の影響で夜も人はまばらだった。雨はもう止んでいた。台風はもう離れたはずなのに風だけはますます強くなっていた。ケヤキの木の下を通ると葉にたまった滴が一斉に落ちてきてその時だけまるで嵐のようだった。重い機材がじわじわ身体に影響が出てきて疲労で頭がぼんやりしてきていた。教会で出会った老婆を思い出していた。不安気な表情で椅子に座り、時折時計を見つめていた。話しをしてみると時間というものが分からないと言われた。「時計を見ても今が何時なのか分からないから、急いできたがどうやらまだのようだ。しかしいつまで待てばいいのか」とつぶやき途方に暮れていた。私も何も返事ができず曖昧な顔をしてその場を離れたのだった。時間は知り過ぎないほうが良いと思った。日が高いところに昇ればお昼だから、みんなでご飯を食べよう位でとどめたほうが健康に良いはずだ。細かい線に数字、常に動き続ける秒針にどっしりして重そうな短針、さらに刺されそうなほど鋭利な長針。時計と時間は心理的にも肉体的にも絶えず圧迫してくる代物なのだ。

疲労から変なことを考えているなと気が付いたのでタクシーを捕まえようと歩きながらちらちら道路に目をやると、一台のタクシーが私の近くに停まった。手も挙げてないのによく気が付きましたねと驚きを伝えると「目が合いましたので」と言われ仕事人だと感心した。タクシーは滑るように静かに発車した。タクシーから見える風景と歩いている時の風景は全く違うなと思いながら揺られていた。車から眺める景色は好きだ。枠のお陰で映画を観ているような気持ちになる。枠があるだけで良くも悪くも景色は一変するのだ。バウムテストを病院で受けた時、普通の紙に木を書いた後に別の用紙に医者が枠を書き入れ、そこにまた木を書けと言われた。不思議なことに全く手が動かせなかった。ただ木を書けばいいだけなのに枠が白い紙を異質なものに変えてしまった。結局、書き入れたのだが結構な時間がかかっていた。気が付かなかったのだが、医者はストップウォッチを手にしており、書き込むまでの時間を計測していた。環境の変化への心理的影響を見るものだったらしい。

 

帰宅しシャワーを浴びてすぐに寝た。大した仕事をしていないのに緊張した日だった。

 

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