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晴れ。気温が高い。初夏。

 

大体同じ時間に役所に行き、書類を出したり回収したりしている。それが一日の最後の仕事の1つで、1人で外出のため心が落ち着く時間でもある。仕事を終え、役所を出てバスを待つ時、いつも「職場に戻りたくないな」と思ってしまう。職場は人がたくさんいて、なおかつ話しかけてくるし、電話もかかってくる。こちらから話しかけるにしてもタイミングを間違えば相手が不機嫌になる。非常に高度な難易度を持つダンジョンのような場所だ。最近入った社員が電話を素早く取り対応をするのを見て、漠然と電話のコール音に怯える人なんかいないんだなと思った。「普通」がこんなに難しいものだとは思わなかった。1人で外出した時、何で私はできないのだと思い泣きそうになってしまったのだけど、すぐさま第二の私が「自己憐憫とか気持ち悪すぎる。思い込みで人に迷惑かけるなよカス」と言ってきた。第二の私は言葉は悪いが正論を言ってくるのでなるほどとなることもある。例えば「かわいい女の子は何をしても絵になる。いるだけで価値があるな」と思うと「お前は人に価値があるかないかの判断をしてるのか。最悪だな」と突っ込まれる。意外とバランスよくできているような気もするが、第二の私は一体どこから発生したのか分からないし、いつからいるのか分からない。そもそも私は一人なので独り言なのだけど会話をしているような気になる。とても口が強くいつも言い負かされるのでうるさいなとも思う。バス停など、ボーッとする時に会話することが多い。

 

バスに乗る。

 

極楽寺行き」というバスが来ると少し嬉しくなる。極楽寺がどこにあってどんな寺かは知らないが、極楽に近い場所に連れて行ってくれるなら大歓迎だ。バスから降りて後ろ姿を暫く見送ると「ああ、これから極楽に向かうのかぁ」とただのバスに希望を抱く。エリックワイルダーの作品の「象のエフィー」の四楽章に「エフィー、謝肉祭に行く」という曲がある。私はウキウキしてる象の後ろ姿を見送っているような気持ちになって好きなのだけど、そのウキウキ感が極楽寺行きのバスにも感じられる。見送ることに淋しさがあるのだけど、行ってしまう人や物に良いことが起きる気がして希望が湧いてくる。