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狐の嫁入り」について書いたら今日は狐の嫁入りの日になった。wikiによると結構全国的な呼称らしい。

仕事は月曜日から走り回った。金曜日みたいな感じだ。土日はまだかな。5月の連休早く来い。

外出が多いので、信号で立ち止まった時やバスに乗っている時は遠くの文字にピントを合わせるようにしている。最近目がほんとに疲れやすくてそのせいか、肩の凝りがひどくなった。鍼灸を長いこと勧められているので近いうちに行ってみようかと思う。鍼灸のイメージが、ブラックジャックの琵琶丸のイメージが強くて鍼を一発打つごとに「紙をはがすようにケロリと」みたいなセリフを言ってきたらやだな。

 

移動で空いた時間にユクスキュルの「生物から見た世界」を読んでた。地元だし外出先はだいたい決まっているので見慣れた風景しかないのだけど、ユクスキュルによると見えている世界は知覚器官と作用器官によって生きるためにチョイスされた「環世界」らしく、全ての生物は同じものを見ても極端に言えば異なるものを見ているそうな。

まえがきが詩的にそのことを書いていた。

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野生に住む動物たちのまわりにそれぞれシャボン玉を、その動物の環世界をなしその主体に近づきうるすべての知覚標識で充たされたシャボン玉を、思い描いてみよう。われわれ自身がそのようなシャボン玉の中に足を踏みいれるやいなや、これまでその主体のまわりにひろがっていた環境は完全に姿を変える。カラフルな野原の特性はその多くがまったく消え去り、その他のものもそれまでの関連性を失い、新しいつながりが創られる。それぞれのシャボン玉のなかに新しい世界が生じるのだ。

「生物から見た世界」ユクスキュル/クリサート著 日高敏隆・羽田節子訳 岩波文庫

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まだ全然読み始めだからなんとも言えないけど、シャボン玉の外の世界が生の環境で絶対見れないのでしょうね。想像すると、宇宙の果てとか宇宙の外にある世界とかを考えた時みたいにどんどん自分が小さくなる感覚に陥る。「百億の昼と千億の夜」で阿修羅王が転輪王に出会い「シ」の存在の片鱗を教えられ絶望するシーンでも自分がどんどん小さくなる感覚と喪失感で「なんなんだー!」と叫びたくなった。漫画版しか読んでないけどね。