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日記を書こうとすると記憶が今日のなのか昨日のなのか分からなくなる。股引をズボンの下に穿かずに出勤した。風通しが良くて下半身が丸出しなのではないかと不安になった。

 

仕事は特に何も思うことはなかった。いつもの仕事をいつものようにこなすことに専念した。派遣会社の社員と面談し、仕事を正面から受け止めないこと、タイミングを逃さないことを教えられた。なるほどと思ったがうまくできる自信はない。特にタイミングは絶対逃すだろうな。

 

休憩中に読んでた水上勉の「文壇漂流」を読み終える。出てくる作家の作品をほとんど読んでいなかったのであまり馴染みがなかったのだが、作家にとって良い時代を過ごしたのだなと思った。水上勉等持院で小僧をしていた時、金子光晴はその寺の茶室で「こがね蟲」の推敲をしていたのはへーと思った。

 

金子光晴脳卒中か何かで倒れた時の妻の森三千代とのやり取りが好きだ。

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タンカにのった金子が、なぜだか、急に私の方へ手をさし出して、『ごめんね』と言った。そして、さし出した手にかるくふれると、へんに私はうろたえて『左様なら』と言った。金子は、かすかに笑いながら、『左様じゃないよ。また、かえってくるからね』と言った。『そうね、そうね、かえってくるわね』と私はつぶやいた。

思潮社 現代詩読本ー3「金子光晴」1978.9.15

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「考えることは余白の運動」と言ったのが誰か覚えてないのだけど「余白の運動」という言葉の伸びやかな質感が好きで何の前触れもなく頭に言葉がのぼってくる。白い世界が無限に広がっていく気がする。考えることは辛いので苦手だが、「余白の運動」はしたいな。