19

 晴れ。雲がない。

 暖かくなって夕方から夜の間がとても心地よい。時間がのんびり過ぎていく。昨夜は天気は良かったのだが風が強かった。薄暮の中洗濯物を取り込んでいる時、風が少し冷たく秋から冬になる時のような季節の厳しさの予感があった。秋から冬になる時の風のツンとした匂いは小学生の頃によく感じていた。秋も中ごろからはもう陽が落ちるのが早く、18時には暗くなってしまう。暗い中を遊ぶのは小学生の私にとって大人になったような錯覚があったし、なにより、地べたに座り込んでダラダラ話す無為な時間が好きだった。暗いからか普段話せないような日常のささやかな想いや不安を告白し合った。その時間になると何故かみんな普段より優しくなるような気がした。隣の中学校が18時ぐらいになると海援隊の「贈る言葉」を校内に流していたので、贈る言葉を聞くと今でも小学生の頃の記憶が秋風のツンとする匂いと共に思い出す。暗い中学校から武田鉄矢の声が反響していたのは今考えると不気味ではあるが、思い出深いの曲である。

 

 

18

 晴れ。雨も降った。

 病院に行った帰り、雷を伴う雨が突然やってきた。病院で100均の小さい傘(普通に差すと肩がはみ出る)を貰い身体を小さく縮ませて地下鉄の駅に向かっていた。病院から駅までは両側に家が立ち並び、歩道のない少し広めの道路が続いているのだが、土曜の昼過ぎだから遊んでいたのだろうか、多くの子供が家々の軒下に集まり、突然の雨をやり過ごす光景がぽつぽつと続いていた。

古い寺社町だからか、少し歩けば住宅街の中にも祠を見つけることができる。子供が続く道の先にも古い祠があった。簡素な造りだが歴史は古く江戸初期までさかのぼる。ある豪商の中国への武器の密貿易が発覚し本人は勿論その家族も連座として処刑され、その中には幼い子供もいたため町人が憐れんで祠を建てて祀ったとされている。この豪商は西国でも名の通る商人であり当時の藩主と非常に密接な仲であったにも関わらず何故か資料が乏しく、妻と子供は処刑されずに「奴」として命は助けられたのではという説もある。この商人家族の悲劇は、後に近松門左衛門浄瑠璃の題材に取り上げている。

どうもこの地域は悲惨な史跡が多い気がしている。祠から少し歩いた先、さらに時代を遡るが8世紀前半、京都から国司として赴任した家族がいた。妻が赴任先で死んだため地元の娘を後妻として迎え2人の間に一人の子供が生まれた。妻は次第に夫と前妻との間にいた義理の娘が疎ましくなり、ある漁師に「衣を盗むので困っている」と夫である国司に訴えさせた。激怒した夫が娘を探すと丁度濡れ衣を羽織って寝ている娘を発見したためその場で切り捨てたそうな。後に死んだ娘が枕元に立ち無罪を訴えたため、供養の為に石碑を建立し今でもそれは残っている。「濡れ衣」の語源にもなった話である。

そのまた少し先に歩くと細い路地に地蔵が複数納めている祠がある。その昔、そこに住む人々は掘れば出てくる一抱えほどの丸い石を漬物石として重宝した。しかし、漬物石を使った家に祟りや不幸が相次いだ為調べると、もともと一帯を治める藩の処刑場であり、丸い石は罪人の首を乗せておくための石であったらしい。そこで地域で祠と地蔵を建立し、大量の丸い石は祠の下に埋めたり地蔵の側に置いたりと祀るようになった。

 

 話が飛ぶが、私の父の生まれた土地は歴史が長く、三方を山、一方を海に囲まれた閉鎖的な土地であり、外部からの人間に簡単に土地の実情や内面を悟られないようにしてきたのだろうか妙にぼやけた空気である。父の家は複雑な地形の町にあるのだが、細い路地を進むと家はあるのに人はおらず物音もせず、山肌に沿って建設をしているので奇妙は形の家が多く、全く不気味であった。曲がりくねった道は先が見えず、曲がった先に突然荒れ果てた祠や地蔵や古い時代の墓があったり、鬱蒼とした雑木林を進むと突然視界がひらけコンクリート製の小規模なギリシアの舞台のようなものがあって、調べると高射砲の跡であった。

 

 中上健次の取り上げる路地もガルシア・マルケスの取り上げる町や王国もぼやけていて蜃気楼のように感じてどんどん引き込まれていく印象がある。ブログで以前泉鏡花の龍潭談を引用したが、様々な些細な要素が重なった結果幻燈のような風景ができあがっていき、見ているものは飲み込まれてしまう。特に父の生まれた町の路地を歩いた時、何かに引き込まれる感覚が強く、薄い膜を一枚通して見ているような錯覚を覚えた。ぼやけた空気をはっきり見ようとする欲求は強い好奇心を呼び起こす。私の住む土地も父の生まれた土地も曰く付きの土地と言ってしまうとまあそうなのだが、どこかぼやけていて輪郭が掴めない。しかし曰くが土地を知るヒントとなって、知ろうとすることで愛着が生まれる。永遠に求めることができる土地は魅力的だ。思索を尽くしても望郷は抱き続けるだろうなと思う。

17

 晴れ。布団を干したので今日はやり切った感じがする。

 

 仕事を終えて飯を食べ、少し間を置いて21時ぐらいに布団に入る。風呂に入らぬ不快感から眠りが浅く3時ごろに目が覚める。それから風呂に入るのだけど、人の声や車の音などの生活音がほとんど聞こえないしっとりした空気の中、湯に浸かるのがとても気持ちが良い。時間が止まっているのではと錯覚する。湯を混ぜると丸く柔らかい音が鼓膜に響いてくすぐったい。風呂からあがりブログを更新したのだが、やはり眠気が来たので2時間ほど寝た。寝起きは最悪で明らかに寝不足の嫌な身体のこわばりと不整脈がでた。不整脈はほんとに嫌なやつだ。異常な鼓動によって全ての行動がワンテンポ遅れてしまう。一度、24時間以上不整脈が止まなくて病院に行ったのだが、脈が飛ぶたびに呼吸が詰まるのでどうしてもうまく動くことができなかった。

早く寝て早く起きるのは結構理想なのだけど中々うまくいかない。寝れないし起きれないので結局布団でだらだらしていつも間にか寝ていて7時に目覚めるみたいな、時間を無駄にしながら健康的な生活スタイルを手に入れてしまう。

リズムは大事だと思う。グレン・グールドは「パルスの継続性」なるものを唱えていたらしい(ネットではよく見るけど出典がよくわからん)がグールドの演奏を聴くと一定のリズムの継続が構造物の堅牢な骨組みのように感じられてとても良い。小説で文章の下にグールドの「パルスの継続性」のようなものがあるのかなと考えた時、横光利一は結構それなのではと思った。横光利一に明るい読者じゃないし最後に読んだのかなり前なので、そんな感じだったようなとしか書けないのだけど。登場人物の物語の世界とは別にただただ進んでいくだけの時間軸が存在していたような印象。読み直す。

 

 春だから浮かれている。外にいるだけでにやついてしまう。いかんいかんと顔を引き締めるもすぐにだらんとする。涎を垂らし、目じりは下がり、全身に力が入らず、綺麗な女性や無邪気な子供を見るとよたよたと近づこうとしてはっと気が付きいかんいかんと顔を引き締めるもすぐに...

 

 

16

 晴れ。快晴。気温も丁度良い。春になると気分がだいぶ良くなる。気候は健康に大事だということがよく分かる。

 先日、誕生日だった。毎年のことだが、誕生日が近づくと憂鬱になるのに当日になると特別なことがないかなと期待をしてしまう。

おお、私がバス停に着くと同時に目的のバスが来たぞ、やはり誕生日だからか。むむ、良い天気だ。誕生日だからだな。あれ、今日は仕事が楽だぞ、誕生日だからか。やや、書類やカレンダーの日付が全て誕生日だぞ、そうか今日は誕生日か...等々、アホみたいに脳内が浮かれていた。ただ、お祝いされるのに慣れてないので家族がケーキを囲んで蝋燭を消すみたいなのは恥ずかしくて苦手だ。さらっと流してくれるぐらいが丁度良い。

 節目はよく町を歩く。大晦日も歩くし、誕生日も歩く。風景をじっくり観察し、空気をいっぱい吸い、少しセンチな気分に浸る嫌な野郎だ。今年は桜を眺めながら鯉やフナの死骸を4匹ほど見つけた。つい最近焼死体が見つかった公園では子供が元気に遊んでいた。大勢の人がいる前でフェラチオを自撮りしていたカップルがいた場所は工事中だった。何も変わらないように見えて少しずつ変わっている。変化に気が付くほうが良いのかどうかは分からないが周りはどんどん変わっていくのに自分は何も変わらず取り残されるのは寂しいなと思う。反面、何も変わりたくないなとも思う。

 

 

15

 よく分からん天気。雨降ってた気がする。

 仕事中の気分とか仕事中に何を思ったとか全く覚えていない。平常心を保つというのが重要なミッションなので、事象に関して深く考えないようにしている。ずっと緊張状態なので、考えてしまうと身動きがとれなくなる。身動きがとれないとは、1つの行動を起こす度にどう思われているかを気にしてしまって正常な判断ができなくなる状態のことだ。今日は最低限の話だけをするように心がけたし、仕事も1つ1つ自分のペースでやった。行動をいつもよりゆっくりした。それだけでも少しは気楽になる気がする。

 

 興味が自分に向きすぎていると言われた。確かにブログでもツイッターでも自分のことしか書いてない。自分の気持ちは自分しか知りえないので正解不正解が発生しないが、他人や物は正解不正解が発生するが故に怖い。あと物の輪郭を文章でなぞるのが異常に苦しい。脳が別のところに移動していくような奇妙な感覚に陥る。あれは何なんだ。文章の話とは別だが、私が他人が求めているであろうことに関して鈍いのは前から指摘されていた。人を巻き込んだ行動も、自分が救われたいという想いから起こされるものがほとんどだ。私は、自分が他人の為に何かをして喜ばれるとはとても思えないという卑屈な発想を抱いており、また「他人の為に」という発想自体が他人を見下しているのではと感じてしまうのと、恐らく喜んでくれるかもしれないけど実は迷惑なのではと考え込んでしまうところがとても苦しくて、行動する前に挫折してしまう。うううう。

 

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 自分が必要とした言葉を他人も必要としていると根拠もなく信じること。それ以外に私は他人との関係をもう想像することもできないぐらい友達がいない。映画監督ロベール・ブレッソンは「観客は自分が何を欲しているのかを知らない。君の意志を、君の快楽を、彼らに押し付けてやれ」と自分への励ましに書くことができたが……

 

MELOPHOBIA あとがき 安川奈緒 思潮社

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好きな文章だ。「根拠なく信じること」「自分が必要とした言葉」「意志」

困った困った。

 

 

 

 

 

 

 

14

 晴れ、でも不安定。

 今年は花見をせずに終わりそう。桜を見て綺麗だなとは思うけどそれ以上の感慨が何もない。飯を食べて酒を飲んだ後のあの微妙な空気がどうしようもない。ただだらだらするというのが苦手だ。何かを得なければと焦って変な汗をかく。多くの人が花見をしているのだけど桜を見て何を感じているのか非常に興味がある。高い所から見下ろす一面の桜絨毯や春の風によっておこる花吹雪の壮大で幻想的な風景に圧倒されたり、老木に生まれた一輪の桜に悠久の時を感じ涙したりするのだろうか。今の例は想像でしかなく私にはこういう感情の動きがあまりない。桜だという感じはする。俺はこんなにも美しい景色の中にいるのにそんなに感慨を持つことができないかと悲しくなる。

 

 

 

 前の日記にも書いたが人といると辛いが人にのめり込みたい矛盾を抱えている。どうしようもないぐらい、肉体の接触以上の接触。

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恋人よ。

たうとう僕は

あなたのうんこになりました。

 

そして狭い糞壺のなかで

ほかのうんこといっしょに

蠅がうみつけた幼虫どもに

くすぐられてゐる。

 

あなたにのこりなく消化され、

あなたの滓になって

あなたからおし出されたことに

つゆほどの怨みもありません。

 

うきながら、しづみながら

あなたをみあげてよびかけても

恋人よ。あなたは、もはや

うんことなった僕に気づくよしなく

ぎい、ばたんと出ていってしまった。

 

金子光晴「人間の悲劇」より「もう一篇の詩」

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 もうこれ以上近づくことができない愛情、溶けて混ざって泥のように、どちらがどちらか分からなくなるような愛情。

 

 叔父が心不全で入院したので見舞いに行った。叔母が来ていたので改めて挨拶をした。向こうもライブの時に気が付いてなかったみたいだ。叔母は神経症のため、叔父の家に荷物を取りに行った時、冷蔵庫をちゃんと閉めたか不安でそわそわして、もう一度、わざわざ叔父の家に行ってしまった。身に覚えがある不安だったので血の繋がりを感じてしまった。叔父はしっかりしていたが、死ぬリスクは高まったのでとりあえず演奏はやめることと、死んだあとの版権の話を聞いた。もう遺言は預けているらしいのでまあ大丈夫だろうとのこと。骨は海にでも撒くか、聞いたら「そして船は行く」みたいになりそうだから嫌だと言われた。難民が乗り込んできたりバカでかい軍艦が砲撃をしてきたりするのは楽しいのになと思った。

 

 

※この日記は朝書いたのだけど、この夜、友達と歩いていると道に迷ったドイツ人がいて一緒に花見をした。なので、「今年は花見をせずに終わりそう」というのは朝の時点でのことである。ちなみに桜は綺麗でした。

 

 

 

 

 

 

13

 雨が続く。桜の見ごろに雨風が酷くなるのはずるい。

 知らなかった人と話す機会が多い。人の一面を知ることができて嬉しい。酔いにまかせて話すとあることないことを言ってしまうというか、実力が伴わないのに言葉だけはポンポン出てくるので説得力がない。頭でっかちな奴が嫌いなのだけど、自分も頭でっかちだ。一応経験してこうだろうなと思ったことを言葉にするのだが、かしこまったというか硬くて作為的な言葉になる。もっと自然に言葉が出ればいいのに。相手に持たれるイメージとかを想像して見栄をはってしまうからかな。

 これは前もどこかで書いた気がするけど、人からどう見られているかを考えすぎて身動きがとれないことがある。この1週間はそれが酷くて、仕事中自分が何をしていて何を見ているのかがよく分からなくなった。自分の中から生まれた矛盾が苦しくて人に迷惑をかけている。人といるのが苦しいから人から離れたいのだけど人がいないことも苦しい矛盾、1人に依存してしまう面倒くさいやつなのだけど、自分が救われたくて依存してるのにそうする時の自分に対しての嫌悪感が強くて苦しくなる矛盾。メンヘラやんけ。

 私はよく優しいと言われる。でも、優しいのは自分を守るためなので私は人に優しくないと思う。心の距離。近づくと離れたくなって離れると近づきたくなる。これ以上踏み込んではいけないと脳が警告する。警告を受けた時は速やかに離れるのだけど、人にそれが伝わるらしく、その時相手は私から離れていく。あーあ。アイス食べたい。