読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

17

 晴れ。布団を干したので今日はやり切った感じがする。

 

 仕事を終えて飯を食べ、少し間を置いて21時ぐらいに布団に入る。風呂に入らぬ不快感から眠りが浅く3時ごろに目が覚める。それから風呂に入るのだけど、人の声や車の音などの生活音がほとんど聞こえないしっとりした空気の中、湯に浸かるのがとても気持ちが良い。時間が止まっているのではと錯覚する。湯を混ぜると丸く柔らかい音が鼓膜に響いてくすぐったい。風呂からあがりブログを更新したのだが、やはり眠気が来たので2時間ほど寝た。寝起きは最悪で明らかに寝不足の嫌な身体のこわばりと不整脈がでた。不整脈はほんとに嫌なやつだ。異常な鼓動によって全ての行動がワンテンポ遅れてしまう。一度、24時間以上不整脈が止まなくて病院に行ったのだが、脈が飛ぶたびに呼吸が詰まるのでどうしてもうまく動くことができなかった。

早く寝て早く起きるのは結構理想なのだけど中々うまくいかない。寝れないし起きれないので結局布団でだらだらしていつも間にか寝ていて7時に目覚めるみたいな、時間を無駄にしながら健康的な生活スタイルを手に入れてしまう。

リズムは大事だと思う。グレン・グールドは「パルスの継続性」なるものを唱えていたらしい(ネットではよく見るけど出典がよくわからん)がグールドの演奏を聴くと一定のリズムの継続が構造物の堅牢な骨組みのように感じられてとても良い。小説で文章の下にグールドの「パルスの継続性」のようなものがあるのかなと考えた時、横光利一は結構それなのではと思った。横光利一に明るい読者じゃないし最後に読んだのかなり前なので、そんな感じだったようなとしか書けないのだけど。登場人物の物語の世界とは別にただただ進んでいくだけの時間軸が存在していたような印象。読み直す。

 

 春だから浮かれている。外にいるだけでにやついてしまう。いかんいかんと顔を引き締めるもすぐにだらんとする。涎を垂らし、目じりは下がり、全身に力が入らず、綺麗な女性や無邪気な子供を見るとよたよたと近づこうとしてはっと気が付きいかんいかんと顔を引き締めるもすぐに...

 

 

16

 晴れ。快晴。気温も丁度良い。春になると気分がだいぶ良くなる。気候は健康に大事だということがよく分かる。

 先日、誕生日だった。毎年のことだが、誕生日が近づくと憂鬱になるのに当日になると特別なことがないかなと期待をしてしまう。

おお、私がバス停に着くと同時に目的のバスが来たぞ、やはり誕生日だからか。むむ、良い天気だ。誕生日だからだな。あれ、今日は仕事が楽だぞ、誕生日だからか。やや、書類やカレンダーの日付が全て誕生日だぞ、そうか今日は誕生日か...等々、アホみたいに脳内が浮かれていた。ただ、お祝いされるのに慣れてないので家族がケーキを囲んで蝋燭を消すみたいなのは恥ずかしくて苦手だ。さらっと流してくれるぐらいが丁度良い。

 節目はよく町を歩く。大晦日も歩くし、誕生日も歩く。風景をじっくり観察し、空気をいっぱい吸い、少しセンチな気分に浸る嫌な野郎だ。今年は桜を眺めながら鯉やフナの死骸を4匹ほど見つけた。つい最近焼死体が見つかった公園では子供が元気に遊んでいた。大勢の人がいる前でフェラチオを自撮りしていたカップルがいた場所は工事中だった。何も変わらないように見えて少しずつ変わっている。変化に気が付くほうが良いのかどうかは分からないが周りはどんどん変わっていくのに自分は何も変わらず取り残されるのは寂しいなと思う。反面、何も変わりたくないなとも思う。

 

 

15

 よく分からん天気。雨降ってた気がする。

 仕事中の気分とか仕事中に何を思ったとか全く覚えていない。平常心を保つというのが重要なミッションなので、事象に関して深く考えないようにしている。ずっと緊張状態なので、考えてしまうと身動きがとれなくなる。身動きがとれないとは、1つの行動を起こす度にどう思われているかを気にしてしまって正常な判断ができなくなる状態のことだ。今日は最低限の話だけをするように心がけたし、仕事も1つ1つ自分のペースでやった。行動をいつもよりゆっくりした。それだけでも少しは気楽になる気がする。

 

 興味が自分に向きすぎていると言われた。確かにブログでもツイッターでも自分のことしか書いてない。自分の気持ちは自分しか知りえないので正解不正解が発生しないが、他人や物は正解不正解が発生するが故に怖い。あと物の輪郭を文章でなぞるのが異常に苦しい。脳が別のところに移動していくような奇妙な感覚に陥る。あれは何なんだ。文章の話とは別だが、私が他人が求めているであろうことに関して鈍いのは前から指摘されていた。人を巻き込んだ行動も、自分が救われたいという想いから起こされるものがほとんどだ。私は、自分が他人の為に何かをして喜ばれるとはとても思えないという卑屈な発想を抱いており、また「他人の為に」という発想自体が他人を見下しているのではと感じてしまうのと、恐らく喜んでくれるかもしれないけど実は迷惑なのではと考え込んでしまうところがとても苦しくて、行動する前に挫折してしまう。うううう。

 

------------------------------ 

 

 自分が必要とした言葉を他人も必要としていると根拠もなく信じること。それ以外に私は他人との関係をもう想像することもできないぐらい友達がいない。映画監督ロベール・ブレッソンは「観客は自分が何を欲しているのかを知らない。君の意志を、君の快楽を、彼らに押し付けてやれ」と自分への励ましに書くことができたが……

 

MELOPHOBIA あとがき 安川奈緒 思潮社

------------------------------ 

 

好きな文章だ。「根拠なく信じること」「自分が必要とした言葉」「意志」

困った困った。

 

 

 

 

 

 

 

14

 晴れ、でも不安定。

 今年は花見をせずに終わりそう。桜を見て綺麗だなとは思うけどそれ以上の感慨が何もない。飯を食べて酒を飲んだ後のあの微妙な空気がどうしようもない。ただだらだらするというのが苦手だ。何かを得なければと焦って変な汗をかく。多くの人が花見をしているのだけど桜を見て何を感じているのか非常に興味がある。高い所から見下ろす一面の桜絨毯や春の風によっておこる花吹雪の壮大で幻想的な風景に圧倒されたり、老木に生まれた一輪の桜に悠久の時を感じ涙したりするのだろうか。今の例は想像でしかなく私にはこういう感情の動きがあまりない。桜だという感じはする。俺はこんなにも美しい景色の中にいるのにそんなに感慨を持つことができないかと悲しくなる。

 

 

 

 前の日記にも書いたが人といると辛いが人にのめり込みたい矛盾を抱えている。どうしようもないぐらい、肉体の接触以上の接触。

--------------------------------------------

恋人よ。

たうとう僕は

あなたのうんこになりました。

 

そして狭い糞壺のなかで

ほかのうんこといっしょに

蠅がうみつけた幼虫どもに

くすぐられてゐる。

 

あなたにのこりなく消化され、

あなたの滓になって

あなたからおし出されたことに

つゆほどの怨みもありません。

 

うきながら、しづみながら

あなたをみあげてよびかけても

恋人よ。あなたは、もはや

うんことなった僕に気づくよしなく

ぎい、ばたんと出ていってしまった。

 

金子光晴「人間の悲劇」より「もう一篇の詩」

--------------------------------------------

 もうこれ以上近づくことができない愛情、溶けて混ざって泥のように、どちらがどちらか分からなくなるような愛情。

 

 叔父が心不全で入院したので見舞いに行った。叔母が来ていたので改めて挨拶をした。向こうもライブの時に気が付いてなかったみたいだ。叔母は神経症のため、叔父の家に荷物を取りに行った時、冷蔵庫をちゃんと閉めたか不安でそわそわして、もう一度、わざわざ叔父の家に行ってしまった。身に覚えがある不安だったので血の繋がりを感じてしまった。叔父はしっかりしていたが、死ぬリスクは高まったのでとりあえず演奏はやめることと、死んだあとの版権の話を聞いた。もう遺言は預けているらしいのでまあ大丈夫だろうとのこと。骨は海にでも撒くか、聞いたら「そして船は行く」みたいになりそうだから嫌だと言われた。難民が乗り込んできたりバカでかい軍艦が砲撃をしてきたりするのは楽しいのになと思った。

 

 

※この日記は朝書いたのだけど、この夜、友達と歩いていると道に迷ったドイツ人がいて一緒に花見をした。なので、「今年は花見をせずに終わりそう」というのは朝の時点でのことである。ちなみに桜は綺麗でした。

 

 

 

 

 

 

13

 雨が続く。桜の見ごろに雨風が酷くなるのはずるい。

 知らなかった人と話す機会が多い。人の一面を知ることができて嬉しい。酔いにまかせて話すとあることないことを言ってしまうというか、実力が伴わないのに言葉だけはポンポン出てくるので説得力がない。頭でっかちな奴が嫌いなのだけど、自分も頭でっかちだ。一応経験してこうだろうなと思ったことを言葉にするのだが、かしこまったというか硬くて作為的な言葉になる。もっと自然に言葉が出ればいいのに。相手に持たれるイメージとかを想像して見栄をはってしまうからかな。

 これは前もどこかで書いた気がするけど、人からどう見られているかを考えすぎて身動きがとれないことがある。この1週間はそれが酷くて、仕事中自分が何をしていて何を見ているのかがよく分からなくなった。自分の中から生まれた矛盾が苦しくて人に迷惑をかけている。人といるのが苦しいから人から離れたいのだけど人がいないことも苦しい矛盾、1人に依存してしまう面倒くさいやつなのだけど、自分が救われたくて依存してるのにそうする時の自分に対しての嫌悪感が強くて苦しくなる矛盾。メンヘラやんけ。

 私はよく優しいと言われる。でも、優しいのは自分を守るためなので私は人に優しくないと思う。心の距離。近づくと離れたくなって離れると近づきたくなる。これ以上踏み込んではいけないと脳が警告する。警告を受けた時は速やかに離れるのだけど、人にそれが伝わるらしく、その時相手は私から離れていく。あーあ。アイス食べたい。

12

 よく晴れた天気だった。ただ日が落ちると寒い。

 仕事は知らん。

 

 特にないのだけど、仕事中は何も考えないのが一番だと思った。移動は全部走っていたのだけど、肉体が疲れると雑念が消えて目的だけが残ったので行動に迷いがなくなるというか、他人が作業しているのを見ているような感覚だった。お陰で朝起きた時に全く疲れがとれていない。正社員とかなったら身がもたないな。どうやって生きてんの彼ら。

 光瀬龍の「百億の昼と千億の夜」を読み始めた。萩尾望都の漫画版は読んでいたのだけど小説は全く手をつけてなかった。悲しいことに想像力がめちゃくちゃ落ちてることに気が付いた。美しい情景の文章に全くのめり込めてないし、うまく頭の中で映像化できない。小学生の頃は、読み始めると周りの音なんて聞こえなかったのに、今は周りの音がどんどん大きくなるし、頭の声も大きくなる。のめり込んだ後の「ここはどこ」みたいな別の世界に行って帰ってきたような感覚が好きだった。シャボン玉の中から景色を眺めるように、フワフワ漂いながら膜を通して世界を眺めるような幻想的な錯覚になっていた。「読書は心の旅行」みたいなニュアンスのことをよく聞くけど、それは正しい。読書を始めて、旅行から戻れなくなることはあるのだろうか。映画「8 1/2」の冒頭の悪夢のシーンで砂浜で空を飛んでるのに紐が足についていて、下からニヤニヤした男が引き戻そうとする。あの紐が切れるとどこかに飛んで行ってしまうように(映画では引き戻されるんだっけ、墜落するところで目が覚めるんだっけ。いずれにせよ悪夢からは引き戻される)読書も現実と旅行をつないでいる紐が切れてしまうとやはりその本の世界に入るのだろうか。

 

11

 不安定な天気が続く。土日と演奏会が続いた。聴く方なので特にプレッシャーはないのだけど、日曜の演奏会は知り合いに会うのではという恐怖感があって、演奏開始ぎりぎりまで会場の周りをぐるぐるしていたし、椅子に座らず、ホールの後ろに立っていた。

 土曜の演奏会ではチケットを売る仕事をしながらタダで聴いていた。叔母が来たらしいのだが全く気が付かなかった。叔母は私が小学校1年か2年の時に会ったきりだ。その時は火星人と自称する旦那といた。狭いスポーツカーに乗せてもらい、夕方、山の中にある墓に向かった。電気グルーヴのシャングリラが流れていて「君とキス、キス、キス...」という歌詞がずっと頭に残っている。叔母は旦那と色々あったり、過去のことで苛まれたりであまり部屋から出たがらないし、人にも会いたがらないと叔父から聞いていたので、演奏会に来ていたなんて意外だった。受付は私だけだったので、恐らく会って業務的な会話もしたのだろう。会場に来ていたお客の顔をできるだけ思い出してもどれが叔母なのかさっぱり分からない。向こうは気づいていたのだろうか。

 

 生の演奏を聴くと、その演奏の良さは別にして自分も演奏したいなという気持ちになる。ソロの演奏を聴くとソロでしたいなと思うし、楽団の演奏を聴くと合奏したいなと思える。良い傾向だ。あとは練習すれば良い。

 

 「アナーキーになれ」と言われた。アナーキーの意味はよく分からなかったので言われた時は荒木 経惟の顔が浮かんだ。反抗したいという気持ちはいつもある。でもそれが爆発するのは一人の時だけ。あとから思い出して、あれは違うとなるし、その場で怒らない自分を見て怒る。他人はいつも正論を言っている、とその時は思ってしまう。運良く殺してやるという強い気持ちになっても急ブレーキのようなものに阻害されて「相手が正しいのではないか」と頭の中で声が響く。他人を前に少しでも反抗の意志がでるのなら良い方だ。多くの場合(お酒が入ってない時)はもう完全に萎縮している。静かな怒りを手にいれたいがそれを手にいれるには烈火の如く怒る時のエネルギーが必要な気がする。

言い争いは怖い。だから知らないふりや何も考えてないふりをする時がある。勿論、ホントに知らないことのほうが多いのだけど。知らないと相手は諦めるのだ。そういう態度を取るときがめちゃくちゃ嫌だ。嫌々ながらあらゆる利害を高速で天秤にかけて、選んでいる。姑息だ。腹の底で正確に刻むリズムのような思想が人を強くするのではと今日思った。

何の話だっけ。アナーキーか。アナキストアナキズム。人の反対を選ぶこと。右向け右と(思想の右という意味ではない)言われたときに正面向き続けること。

「かへらないことが最善だよ」